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東京地方裁判所 平成4年(ヲ)2228号 決定

申立人 日榮ファイナンス株式会社

代表者代表取締役 平田周次

代理人 縣和彦

相手方 甲野太郎

主文

相手方は、本決定送達後七日以内に、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の二階部分及び三階部分から退去せよ。

理由

1  申立人は、「相手方は、本件建物から退去せよ。」との保全処分を求め、その理由として、次のとおり主張した。

(1)  申立人は、平成三年一二月一三日、相手方が占有する本件建物につき競売の申立てをし、競売開始決定を得た。

(2)  相手方は、平成四年四月ころから、本件建物において、パブ・スナック「姫」という飲食店を開業し、現在も営業中である。

(3)  相手方には、本件建物において、飲食店を営業する権原はなく、上記(2)の行為は本件建物の価値を著しく減価させる行為であり、このまま放置すれば本件建物の換価に影響を生じることは明白である。

(4)  よって、申立人は民事執行法五五条に基づき、申立の趣旨のとおりの裁判を求める。

2  記録によれば、次の事実が疎明される。

(1)  本件建物の所有者である乙山春子は、平成元年一一月四日、本件申立人のために、本件建物及びその敷地である別紙物件記載の土地に抵当権を設定した。申立人は、平成三年一二月一二日、当庁に対し、本件土地建物につき、担保権の実行としての競売の申立てをし、同月一三日、当裁判所は、競売開始決定をし、同月一六日同決定に基づく差押登記がなされた。

(2)  本件建物には、平成三年九月一三日受付で、丙川松夫を権利者として、根抵当権設定仮登記及び賃借権設定仮登記が経由されており、同月二七日受付で、相手方甲野太郎を権利者として、賃借権設定仮登記及び根抵当権設定仮登記が経由されている。

(3)  乙山春子は、平成三年一〇月一四日、破産宣告を受けた。

(4)  執行官は、平成三年一二月二四日、平成四年一月一四日、同月一七日(解錠のうえ立ち入り)、本件建物に臨場して現況調査をした。本件建物の二階、三階は、相手方甲野太郎が家族とともに使用して占有していた。相手方甲野に面談して調査したところ、同人は、「自分は、本件土地建物につき丙川松夫の賃借権仮登記を引き継ぎ、正当な賃借人として賃借りしている。」「本件建物に入居したのは、平成三年九月ころである。」「自分が支出した金は一五〇〇万円で、(賃借権は)債権担保(目的)である。」旨陳述し、丙川と所有者乙山春子間の賃貸借契約書の写しを提示した。

3  以上認定のように、相手方甲野は、本件建物の占有権原として、丙川松夫の賃借権を引き継いだ旨主張するので、以下相手方甲野の本件建物の占有権原等について検討する。記録によれば、次の事実が疎明される。

(1)  乙山春子は、本件土地建物を所有していた。乙山は、本件建物の一階部分を戊田ビル管理株式会社に賃貸し、二階部分を自己の住居及びスナックの店舗として使用し、三階部分に自己の弟乙山秋夫を居住させていた。

(2)  乙山春子は、昭和三七年からスナックやラーメン店を経営するなどしていたが、昭和六一年ころから無担保で継続的に他に六〇〇〇万円を貸し付けたところ、借主が平成二年に死亡し、債権回収の見込みがなくなったことなどから、資金繰りが悪化し、平成三年八月ころには、三億数千万円の負債を抱え、破産手続による解決をも考えるに至った。

(3)  乙山は、平成三年九月上旬ころ、弁護士に任意整理をしたいと相談していたが、そのうちに、知人の紹介で相手方甲野と知り合った。相手方甲野は、乙山に本件土地建物の登記簿謄本を届けさせ、当時の担保権設定状況を確認するなどした。相手方甲野は、乙山に対し、「自分達が真っ先に本件建物に入っていないと、他の債権者が建物を占拠してしまうから、二~三か月間、他所へいっていてくれ。その間、仕事をしなくても十分生活できるだけの金はこちらで出す。本件建物の二階で営業しているスナックは閉鎖するように。乙山が本件建物を明け渡したら、一〇〇〇万円支払う。」と述べた。乙山は、相手方甲野の言を信じ、負債の整理を依頼し、弟とともに、本件建物を明け渡した。相手方甲野は、本件建物を占有するにつき、その法的権原を仮装するため、乙山との間で、本件建物の二階を賃料月一五万円、三階を月一〇万円合計二五万円で賃借する、賃料は一年分前払いしたことにする、保証金は二階分一五〇〇万円、三階分一〇〇〇万円を支払ったことにする、との仮装の賃貸借契約を締結した。また、相手方甲野は、石原から印鑑登録証明書や白紙委任状の交付を受け、丙川松夫(平成三年九月一三日受付)や自己(平成三年九月二七日受付)を権利者とする前記のとおりの仮装の抵当権ないし賃借権の設定仮登記申請手続を行った。相手方甲野は、乙山に渡すと約束していた金員を現実には支払わなかった(相手方甲野は、当初、乙山に一〇〇〇万円あるいは、七〇〇ないし八〇〇万円を渡すと述べていたが、乙山らが、本件建物から立ち退くと、五〇〇万円しか渡せないといって両者間に利害の対立が生じるに至った。また、相手方甲野は、乙山らに対し、引越し費用として一〇〇万円支払うことを約束していたが、これも実行しなかった。)。また、相手方甲野は、乙山に対し、「他の債権者に勝つために必要だから。」と言って、銀行振出の金額欄白地の小切手三通の振出を受け、更に、「債務を整理するには、自分が高額の債権者でないと他の債権者と交渉するのに都合が悪いから。」と言って、虚偽の貸付事実を示す公正証書の作成を要求した。しかし、乙山は、これを恐れ、指定された公証人役場に赴かなかった。

(4)  乙山は、平成三年一〇月一四日破産宣告を受けるに至った。破産申立時において、乙山の資産総額は、約一億四〇〇〇万円、負債総額は、約三億八八〇〇万円であった。

(5)  乙山の破産管財人は、相手方甲野に面談する等して調査したが、その際、相手方甲野は、「自己の本件建物についての占有権原は、丙川松夫からの賃借りである。」と述べ、独自の賃借権を主張しなかった。そこで、破産管財人が、丙川に面談して調査したところ、「甲野は知っている。甲野を介して乙山に五〇〇万円を融資している。本件賃借権仮登記は、債権担保のためであり、敷金や賃料は支払っていない。本件建物は見たことがないし、甲野を居住させたこともない。平成三年末から甲野とは連絡がつかずに困っている。」とのことであった。

(6)  相手方甲野は、平成三年九月以降、本件建物の二階及び三階に家族とともに居住していたが、平成四年四月ころから、本件建物の二階において、飲食店を開業し、現在営業中である。乙山は、現在では、相手方甲野に騙されて本件建物を奪われたと認識している。

4  以上認定のように、相手方甲野ないし丙川松夫の賃借権設定仮登記は仮装のものであり、相手方甲野は、乙山春子が著しい債務超過の状態に陥り、破産の申立もやむなしとの状態になった段階で、乙山と共謀のうえ、債権者の執行を妨害する目的で、いわば乙山の代わりに本件建物を占有するに至ったものであるが、このような事実関係の下では、相手方甲野は、売却のための保全処分の相手方となるというべきである。

なお、相手方甲野は、本件差押がなされる前から本件建物を占有しているが、相手方甲野が、本件建物を占有したのは、前記認定のように、執行妨害を目的とするものであって、なんらの法的保護に値するものではなく(特に、本件申立人等の抵当権者との関係において)、また、相手方甲野は、本件差押後も占有を継続しているものであって(二階の飲食店を開業した部分は、差押後に占有を開始したものである。)、その占有が、本件建物の価値を著しく減じるものである以上、占有開始時期が差押前であることをもって、本件保全処分の相手方とならないとすることはできない(なお、内容虚偽の賃借権設定仮登記を経由する行為や、現況調査担当執行官に対し存在しない賃借権を存在する旨陳述し、これを現況調査報告書に記載させる行為は、公正証書原本不実記載罪や競売入札妨害罪を構成する可能性がある。)。

ところで、本件建物をいわゆる整理屋と思われる相手方甲野が占有することにより、これとのトラブルを嫌い、買受人の出現が困難になることは明らかであり、そのために、本件建物の価値は著しく減少することになる。以上によれば、相手方甲野の行為は、本件建物の価値を著しく減少するものであるから、当裁判所は、申立人に金三〇万円の担保をたてさせたうえ、民事執行法五五条一項(同法一八八条)に基づき、主文のとおり決定する。

(裁判官 松丸伸一郎)

〈以下省略〉

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